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神楽坂 ビルマカレー
神楽坂毘沙門天前を通る女性の背中に向けて声をかけた。ショウヘイサーンと3度ばかり。ふり向いた女性は目指す本人ではなかった。ショウヘイと呼んでも、ドジャースの大谷翔平さんではない。神楽坂の庄平は和風居酒屋さんだった。
「庄」を使った屋号は庄屋とかに使われ飲食街ではおなじみ。神楽坂800店の時代のはなし。今回書こうとした庄平さんは私の飲み食べ人生の中でも思い出深い1店となる。本多横丁の真ん中辺りにあったこの店は普通の酒場。気楽に酒が飲める正統派の飲み屋だった。 店主と奥さま二人で切り盛りしており、学生と思われるアジア系の男性の布陣だった。勘定もリースナブルだ。友人が来ると気楽に誘い、痛飲できた。 ほどなくしてランチも始めたが、その看板メニューが「ビルマカレー」だった。今はミャンマーという国に名を改めているものの、ビルマなる響きは戦後の文芸作品や戦争映画でも使われ、70才以上の年配者にはしみじみと思い出す国名になっている。カレーと言えばどこの国でも国民食だ。小さな街でも料理として出される。庄平さんのビルマカレーも元はといえば、店主がビルマに滞在時代に友人から教わった味を忠実に再現したもの。アットホームで清潔感ある店ではあった。従業員のミャンマー人が教え込んだという噂もあった。 メニューは3種類あり。骨付きチキンと野菜たっぷりのカレー。ナッピーと呼ばれる干しエビで作ったドライカレー。両方を一度で楽しめるミックス。いずれもサラダがついて1000円ランチだった。これにミャンマービールを合わせていただくと、ミャンマーの食文化を満喫できた。 ひとたび通い出すと、病みつきになるほどの魅力を秘めていた。チキンカレーなのでチキンの足がそのまま添えられてテーブルに出てくる。それを骨ごとズズズイーと舐めきる時の奇妙な歯ざわりはたまらない。いまやはや20年も前の話というのに、舌や歯茎にそのまま残っている気持ちになる。 庄平さんがあった場所は新しい居酒屋が入り、盛況をきわめているが、案内看板も立っている。そこに「そこに見返り横丁」と「見返し横丁」の名も記されている。実は、私たちが日本路地横丁学会を旗揚げし、勝手に横丁名を付けて遊んでいたものだ。もちろん、見返り横丁の方が起源も古く、神楽坂にふさわしいのであるが、もう一方もなかなか健闘しているとひとりほくそ笑んでいる。 私の愛した庄平さんの好んだビルマのカレーはその後、望んでかなわぬ味となってしまった。ご主人がガンの病に倒れ入退院を繰り返した末に亡くなってしまったのである。 それからほどなくしてビルマカレーを冠した居酒屋も神楽坂から消えしまった。奥さまの顔はご存じなので、今回この小文を書くに際して行方をさがしもとめていたところだったのだ。なのに、違う店の女主人に間違って声をかけてしまったのであった。なんだか幻の街に生きているような気持ちになったのである。 執筆:井上元 株式会社インタラクション 代表取締役社長 |
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